お知らせ ほぼ日記

Vol.10『SPY×FAMILY』の表紙に、なぜ10巻だけ椅子がないのか

毎回月末、『SPY×FAMILY』の表紙の名作椅子について書いているのですが、

最近ふと気になったことがあります。

 

人気漫画『SPY×FAMILY』の単行本の表紙には、

これまでたくさんの「名作椅子」が登場しています。

1巻のロイドにはLC2。

Vol.1 造形そのままを美に昇華したモダニズムの完成形。 LC2

2巻のアーニャにはジョージ・ネルソンのマシュマロソファ。

Vol.2 機能主義にユーモアと色気を持ち込んだ彫刻。 マシュマロ・ソファ

3巻のヨルにはイームズのラ・シェーズ。

VOL.3 家具と彫刻の境界を超える造形。ラシェーズ

4巻のボンドにはエーロ・アールニオのボールチェア。

VOL.4 部屋の中にもう一つの”自分の部屋”をつくる椅子。 ボールチェア

そして、9巻のベッキーにはジョージ・ネルソンのココナッツチェア。

Vol.9 ベッキー・ブラックベルが座る「ココナッツチェア」

 

家具や椅子が好きな人なら、「次はどんな椅子が出てくるのだろう」と、

表紙を見るだけでも楽しめます。

ところが、10巻だけは違います。

そこに椅子はありません。

画像出典:集英社公式ホームページ

SPY×FAMILYのホームページ

 

描かれているのは、戦争によって崩れた建物の瓦礫と、そこに座る少年。

この少年は、現在のロイド・フォージャーになる前の<黄昏>です。

そして、11巻になると、再びヒルハウスチェアが表紙に登場します。

つまり、10巻だけが偶然「椅子なし」になったわけではなさそうです。

 

では、一体なぜ。

 

私はこの表紙を見て、「椅子がない」のではなく、

「この少年には、まだ椅子を置くことができなかった」

のではないでしょうか。

 

椅子というのは、単に人が座るための道具ではありません。

私たちが日常で椅子に腰かけるとき、

そこには「家」があり、「暮らし」があり、「自分の居場所」がありますよね。

 

食卓の椅子。仕事の椅子。お気に入りの椅子。誰かと並んで座る椅子。

椅子は、何気ない日常の中にある、とても身近な家具です。

 

ところが10巻で描かれているロイドの少年時代には、

その「日常」が戦争によって失われています。

だから、そこに美しい名作椅子を一脚置いてしまうと、

どうしても違和感が生まれるのではないでしょうか。

少年が座るべき場所は、完成された家具ではなく、

戦争によって壊された建物の瓦礫だった。

そう考えると、10巻の「椅子がない」という選択が、

とても意味深く見えてきます。

 

それまでの表紙では、キャラクターと椅子が組み合わさることで、

その人物の個性やストーリーを表現してきました。

ところが10巻では、椅子そのものを消している。

そして、椅子の代わりに「瓦礫」が置かれている。

これは椅子という家具を扱う仕事をしている私にとって、

とても印象的な表現でした。

 

椅子があるということは、そこに人の暮らしがあるということ。

 

そして反対に、椅子が置かれてないということが、

「失われた暮らし」を表現することもあるということ。

椅子は、人が座るためのものではないのかもしれません。

そこに誰かが座り、誰かと話し、食事をし、仕事をし、

家族と時間を過ごす。そうした何気ない時間が積み重なって、

家具は「暮らしの道具」になっていくのではないでしょうか。

椅子なし トリミング

イラスト:シチロメグミ

そういえば、Yoko Matsumotoさんの挿絵が好きなのですが、

ご本人と話した時も、そこに座ったであろう温もりや、陰影を落とし込むのが好きと

仰っておられました。人物の余韻が、そこを物語るのだそうです。

ふと思い出しました。

マツモトヨーコさんのホームページ

 

皆さんも『SPY×FAMILY』を手に取る機会があれば、

ぜひ表紙の「椅子」にも注目してみてくださいね。

 

次回、登場するのは、ダミアンくんを慕う仲良しコンビ、エミールとユーインが座るチャールズ・レニー・マッキントッシュの代表作「ヒルハウスチェア」の登場です!どうぞお見逃しなく!!