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VOL.3 家具と彫刻の境界を超える造形。ラシェーズ

第三回は、「SPY×FAMILY」の3巻の表紙を飾る”いばら姫”ことヨル・フォージャーが座るラシェーズについてです。

画像出典:集英社公式ホームページ

SPY×FAMILYのホームページ

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  • 〇名前:LA CHAISE(ラシェーズ)
  • 〇発表年:1948年(41歳の作品)
  • 〇Designer:Charles & Ray Eames(チャールズ&レイ・イームズ)
  • 〇Brand:Vitra(ヴィトラ)

ラシェーズのホームページ

Charles & Ray Eames pinned_web_teaser
画像出典:引用元

こちらはアメリカのミッドセンチュリーデザインを代表するチャールズ&レイ・イームズによって、このチェアが生み出されました。1948年(41歳)のことです。それまで家具デザインとは無縁の地であったアメリカ西海岸を拠点に活躍し、新しい時代を切り開きました。
ニューヨーク近代美術館(MomA)が主催する’international Competition for Low-Cost Furniture Design’(低コスト家具デザインの国際コンペティション)のために出品した作品の1つがラシェーズになります。ガストン・ラシェーズの「フローティングフィギュア」という彫刻作品が着想源になり、ラシェーズと名付けられました。

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チャールズ・イームズは1907年6月17日、アメリカ合衆国ミズーリ州東部のミシシッピ川とミズーリ川の合流点に位置する商工業都市セントルイスに生まれました。日本は明治40年。前回のジョージ・ネルソンとほぼ同年代です。アメリカは急速な工業化と資本主義の拡大に対し、社会改革が進み始めた時代。日本では足尾銅山で労働争議が起こっている年になります。
後の妻になるレイは、カリフォルニア州サクラメントにて誕生しています。
1929年(22歳)チャールズは最初の奥さんと結婚しています。
翌年(23歳)、セントルイスで建築設計事務所を開設しています。ですが、アメリカに単を発した世界大恐慌により業績は思わしくありませんでした。
1940年(33歳)の時にレイと出会います。そして、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が主催する住宅家具のオーガニックデザインコンペに共同で出品、のちにヴィトラ社から製品化される「オーガニックチェアで見事優勝を果たします。

Organic Chair Group_web_fam_hero

オーガニックチェア:画像出典・引用元

共通の関心の多さと才能にお互いが惹かれあい、1941年5月(34歳)にチャールズは前妻と離婚し6月にレイと結婚します。そして転機となるプライウッド製の足の骨折の添え木(レッグ・スプリント)の開発を海軍から以来され応えていきます。大戦が終了するまでに作られたレッグ・スプリントは15万個以上というから驚きです。

この技術を用い、数々のチェアを発表していきます。そして1946年(39歳)ハーマンミラー社がイームズによるプライウッド(合板)の販売権を獲得します。

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ラシェーズのシルエットは、家具というより彫刻的であり、成型シェルはポリウレタン、スチールの脚、ナチュラルオークのベースの組み合わせで成り立っています。当時、この椅子は対話をしたり、くつろいだり、団らんを楽しむための家具として構想していたのですが、その巨大で彫刻的な形状は複雑すぎ、大量生産をするには難しいことがわかりました。
ですが、このシェルの質感と曲線の上で、あらゆる自由な姿勢でくつろぐことができます。

その後、数々の名作家具を生み出したイームズ夫妻でしたが、1978年8月21日(71歳)、チャールズが故郷セントルイスへの帰省中に心臓発作で急逝。71年間の生涯を閉じます。妻レイ・イームズはそれからちょうど10年後、奇しくもチャールズと同じ日付、1988年8月21日に息を引き取りました。

ラシェーズ

イラスト:シチロメグミ

イームズ夫妻の存命中に製品化が叶わなかったラシェーズは、1990年スイスの家具ブランドVitra(ヴィトラ)社によって製品化されました。

次回は、”プロジェクトアップル”の被検体で、未来予知能力を持つ犬、グレートピレニーズ(Great Pyrenees)のボンド・フォージャーが座るボールチェアの登場です!お楽しみに!!